スタッフ日記

投稿者:安藤
2018.02.19

いろいろな考え方

こんにちは、安藤です。

大学を卒業する頃に時間が余っていた私はなんとなく「倫理学」の講義を取りました。
大田俊寛先生という方が講師をしてくださっていたのですが、
その中身はほとんどが「宗教学」でした。
中世のヨーロッパの思想から現代に至るまでの変遷であったり
宗教思想の構造を体系的にとらえた内容となっていました。

講義を受け、参考文献を読んでいて、「思想」というものに少し興味を持つようになりました。

そうした視点を持ってみると、自分や他者、そして社会というものを考察し
何かしらの哲学を伝えようとしている作品が身の回りにたくさんあることに気付くようになりました。

「プリティーリズム」「プリパラ」シリーズというアニメがあります。
そこでは自分と「他者」は別人であって、どうしても「他者」を
理解することができないという少し残酷ともいえる現実が描かれています。

フィギュアスケートをベースとしている本作品では、「オーロラライジング」という
ジャンプの技を成功させることが一つの目標とされています。

主人公のあいらは、優しい父母の元で育てられ、不自由なく暮らしてきました。
それにたいして、親友であるりずむは幼いころに母に捨てられたという過去を持っていました。

りずむは公式大会で「オーロラライジング」を成功させることで母親が自分のことを見てくれて、
母が帰ってきてくれるのではないか、という希望を強く持っています。
そんな中、不自由なく暮らし、才能にも愛されたあいらは
次々にジャンプを成功させて大会で優勝を重ねていくのです。

そんなあいらを近くてみてきた親友のりずむは、
次第に「なぜ苦労をしてきた自分が勝てないのか」という自分や他者への不満、
「お母さんが帰ってきてくれない」といった様々な負の感情を抱えるようになります。
りずむの心はある日に限界に達し自分の心の闇に捕らわれてしまうのでした。

親友のあいらは、りずむを助け出そうと心の闇に入り込みます。
心の中を突き進んでいくあいらは、あいらに対する怒りをぶつけてくる親友のりずむを
「これは本当のりずむちゃんじゃない」と切捨て、心の闇を進んでいきます。
闇を抜けて明るく光がさす空間にたどりつくとそこには「あいらに笑いかけるりずむ」がいました。
あいらはやっと「本物のりずむちゃん」を見つけたと手を引こうとするのです。
しかしその瞬間「本物のりずむちゃん」は姿を消してしまします。

そこに居たりずむは、「あいらが考える」本当のりずむちゃんというだけであって
「本当のりずむ」ではなかったのです。

更に進むと幼い姿で泣くりずむを見つけます。
それは母に捨てられて一人で泣いていた、隠していた自分の過去でした。
あいらは必死に闇を取り除こうとりずむの説得を試みるのですが、
結局りずむは心の闇に取り込まれていってしまいます

何度も何度もあいらはりずむを見つけるのですが、
あいらは徹底してりずむを「理解することができない」のです。
自分が「こうあって欲しい」と望む姿しか見ることができないのです。

話はその後も続くのですが……
このように「個」というものの考えを方を問題提起している作品です。
長い時間一緒にいた家族、親友であってもそれは一つの「個」であって、
実は「そのほとんどが理解できていない他人」であるという事を執拗に描写しています。
家族であっても親友であっても、
「私は私」である事を理解することで問題が解決に向かっていく内容になっています。

なんとなく見ているドラマや映画、小説の中にも、
ほとんどの場合その演出によって伝えたい事があるのだと思います。

そうした視点で見ると、違った楽しみ方ができるかもしれません。

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